穂積城

1. 城のデータ

[所在地] 大阪府茨木市中穂積

[築城年] 不明

[築城者] 不明

[遺 構] なし

[別 称] なし

[形 状] 山城

[登城年] 2015年12月1日

(※トップ写真:穂積城・春日神社の社)


2. 城の歴史

穂積城は吹田市の山田城の支城の一つという説があるが、築城年や城主、興廃などの詳細については全くの不明である。現在、城跡は中穂積の春日神社の境内となっている。

「大阪府全志」によると、「塁堡の址 春日村中穂積 塁堡の址は字地に「城の堀」と称するあり・・・」との記載があり、城跡(砦)の存在を伺い知ることができる。眺望のきく小高い丘にある立地からも、特定はできないが、古来より、何らかの要地として利用されていたことが想像される(現地の説明板を参照)。


3. 城の見どころ

積城は茨木市の中心市街地の西側、中穂積と呼ばれる地区の小高い丘の上に立地している。

(下写真:春日神社入口)

村の鎮守様の社として、春日神社がある。しかし、この神社を訪れる人すらも少ないようで、ここにかつて何らかの城があったことを知る人は少ないのではないかと思う。現在は、社の横に穂積城の石碑と説明板がひっそりと立つのみで、城の遺構らしきものは全く見当たらない。

(下写真:春日神社境内)

茨木の街を一望できる格好の場所にあり、城としての価値は当時も十分にあった可能性があることがわかるだろう。ただし、伝わる城の詳細な歴史がほとんど不明であるため、かつての様子を想像するのは残念ながら不可能である。

それでも、現地に城があったことを伝える石碑と説明板が立っているだけでも、その城の存在を現在の人はもとより、後世の人達にも知らせることができるし、その地域に全く縁はないが、私のような一城郭ファンにとっては登城する際の一つの目印として、正直ありがたいものである。

(下写真:穂積城石碑と説明板)

城跡の近くにある史跡として、日清・日露戦役の祈念碑、大東亜戦役の忠魂碑がある。


4. 城のポイント

①築城年、城主、歴史等、詳細が不明な城 

②「城の堀」の地名が残り、春日神社境内がかつての城跡だと伝わる


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